スポーツの普及と振興に関する活動を通して
みなさまの健康増進に寄与したい

ジュノーFCは、一般社団法人ハイトリースポーツクラブが運営しております。当法人は、サッカークラブ、ジュノーFCの運営やスポーツイベントの企画運営、サッカーをはじめとするスポーツ選手の育成などの活動を通して、みなさまの健康増進に寄与することを目的としております。
 

団体情報

団体名

一般社団法人 ハイトリースポーツクラブ

所在地

茨城県水戸市杉崎町1602-22

電話番号

029-239-3616

役員

会長 髙木 俊男

代表理事 青木 龍太郎

理事 吉村 悠樹

理事 原田 祐太

事業内容

当法人は、スポーツの普及と振興に関する活動をもって、国民の健康増進に寄与することを目的として、次の事業を行う。

サッカークラブの運営

サッカーを軸とした各種スポーツ選手の育成に関する事業

各種スポーツ教室の企画・運営・コンサルタントに関する事業

スポーツ指導者の育成に関する事業

スポーツイベントの企画・運営・施行に関する事業

スポーツ及び健康増進活動の企画・運営に関する事業

スポーツ施設の設置・管理・運営に関する事業

スポーツクラブ事業の広報活動に関する事業

スポーツを通じての国際交流活動に関する事業

その他当法人の目的を達成するために必要な事業

取引金融機関

常陽銀行 内原支店

 

 

会長ごあいさつ

 
社団法人ハイトリースポーツクラブ 会長

髙木 俊
男(たかぎ としお)

 
昭和48年(1973)の夏は異常な程暑い日が続きました。
 
高度経済成長のもとに、日本列島は、雨後のタケノコのようにゴルフ場が建設されていました。
水戸市大塚町に整形外科医院を開設して、一年がたとうとしていましたが、私は学生時代からの夢であったサッカー場を造ろうとしていました。内原町杉崎に幸い、FさんやYさんが土地を貸してくれることになり、10月に着工しました。
 
最初は、70m四方の土のグランドでした。翌年の1月22日の午後から雪になり、林に囲まれたグランドは雪の平原になりました。
熱気あふれた観衆と、グランド一ぱいに花が咲いたようなカラフルなユニフォームの選手達が走り回る夢と現実は、厳しい程へだたっていました。
 
昭和49年(1974)の2月24日にグランドは仮オープンしましたが、雨の中で選手達はドロンコでした。試合後シャワーもありませんでした。
 
昭和50年(1975)9月21日に拡張工事も終わり、本オープンしました。グランドも100m×60mとなり、芝も張りました。
私の医学生の大会で全国優勝して以来の夢が達成されたのです。
 
当時、有名なクラブの神戸フットボールクラブも板方フットボールクラブもグランドを持っていませんでした。日本初の私設のグランドを持ったクラブが出来上がり、日本ユースチームや、浦和レッズの前身の三菱重工チームなども合宿に訪れました、しかしその後の利用状況はあまり良くなく、最近は、大分荒れていました。
 
平成24年(2012)4月に、このハイトリースポーツクラブで育った柏さん夫妻が、再建してくれることになり、現在はナイター設備も完備し、みちがえる程立派になりました。
 
今後の発展を大いに期待しています。